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つい最近、安室奈美恵さんが引退宣言し世間を騒がせたのはまだ記憶に新しいです。

また、日々、福原愛さんなどスポーツ選手が引退するニュースはしょっちゅうメディアで報道されています。

こういった引退宣言ですが、大多数のサラリーマンには、無縁の宣言でしょう。
サラリーマンを辞める時に、わざわざ引退宣言をする人はまずいません

なので、大多数のサラリーマンの一人である僕は、ふとこの宣言に対して違和感を感じてしまいます。

 

そもそもなぜ引退宣言をするのか?

 

わざわざしなくても良いのでは無いか?

 

事実、芸能人スポーツ選手の全てが必ずみな引退宣言をするわけではありません。

というか引退宣言をするスポーツ選手はその中のほんの一部です。

ここでいったん、「引退」という言葉を調べてみることにします。

それまでついていた地位や役職を辞めること。また、スポーツなどで現役を退くこと。

引退」は、一言でいうと、今ある仕事を辞めること。
それを宣言するのですから、「引退宣言」とは辞職することを周りへ発表するということです。

この行為自体は、一見けじめをつけるという意味あいが強そうですが、皆が皆、けじめがついている人間ばかりではありません。
少なくとも僕みたいな人間は「けじめ」にあまり意味があるとは思っていません。
特に現代においては、けじめなんて言葉はもはやあまり聞かなくなりました。

つまりは、引退宣言けじめ」をつけるためだけでは無いように思えます。

 

では他になんの意味があるのか?

 

こればっかりは引退宣言をした本人に直接聞く以外に確認する方法はありませんし聞いたところで本当の事を言うかは別ですが・・・

一説には、宣言することで、世間の期待から解放されるということがあるようです。

晴れ晴れとした活躍で業績を残した有名人達に対して
メディアはその後の人生を長ーく追い続けます。

また、たとえメディアが騒がなくても、ファンたちがその後の活動を気にします。

例えば、年齢の限界を迎えたり、または迎えそうになり
中途半端に、活動しているのか活動してないのかよく分からない状態を晒す世間にくらいなら

 

もうこれ以上活動はしないよ!

 

と宣言し、折り合いをつけるということです。

しかし、ここでまた疑問(というか怒り)が出てきます。

引退宣言をしておいて業界に戻ってくる人も多いのです。

これでは、引退宣言がただ世間を惑わしているだけになります。

ここで、「引退」ではなく、「引退宣言」という言葉をググると
アンサイクロペディアには下記のような内容で説明されています。

何かから引退をするときには大まかに分けて、「引退する」と宣言して引退する場合と、何もいわずいつの間にか引退している場合[1]との二種類が存在する。このうち、わざわざ引退を宣言した場合は大抵そのうち復帰することになる。

仕事がなくなり消えていくのではなく、いちいち引退宣言として区切って引退する場合、引退者の生活が激変することが多く、望んでやめたは良いが自分がほしかったのはこれじゃないという感覚を強く持つことになる。引退宣言をするような人物は耳目を集める存在でもあり、様々な状況で復帰の要望が入ることになり、激変した生活に失望しているときや引退から長年がたち生活に困っているころに復帰の誘いがくると、引退宣言で周りを騒がせたのも忘れて簡単に復帰するのである。このため誰かしらが引退宣言しても大抵は茶番であるため、あまり真剣に受け止めず、そのうち復帰するものと捉えて適当に悲しんで見せて、復帰に備えておくことが正しい対処の仕方となる。

ここでは、引退後生活レベルが下がり、それを取り戻すためだと
見事なユーモアを交えた大胆な説明となっていて、苦笑いしてしまいますが
もはやこの解釈が現代ではもっとも正しい解釈になるのでないかと思ってしまいました。

改めて話を元に戻します。

 

なぜ引退宣言をするのか?

 

引退宣言したところでもとの業界に戻ることはできるし、そもそも引退宣言しなくても良いのです。

ならば、引退宣言をする理由について疑問を持つこと自体が一番意味のないことなのでしょう。

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